東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)12号 判決 1988年5月13日
原告
甲野花子
被告
東京都教育委員会
右代表者委員長
村井資長
右訴訟代理人弁護士
井上富造
右指定代理人
篠崎弘征
同
大槻茂博
被告
東京都文京区
右代表者区長
遠藤正則
右指定代理人
皆川央
同
原田憲治
同
進藤英雄
主文
一 原告の被告東京都教育委員会に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告の被告東京都文京区に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告東京都教育委員会が昭和五六年三月一六日付けで原告に対してなした休職処分を取り消す。
2 被告東京都教育委員会が昭和五九年三月一五日付けで原告に対してなした辞職承認処分を取り消す。
3 原告が、被告東京都文京区との間で、東京都文京区立汐見小学校教諭たる地位にあることを確認する。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告東京都教育委員会)
1 本案前の答弁
(一) 原告の被告東京都教育委員会に対する訴えをいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の被告東京都教育委員会に対する請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(被告東京都文京区)
1 原告の被告東京都文京区に対する請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五〇年六月一六日東京都調布市公立学校教員に任命され、昭和五二年四月一日右職を免ぜられて東京都公立学校教員に任命され、昭和五四年四月一日東京都文京区立汐見小学校(以下、「汐見小」という。)教諭に補された。
2(一) 被告東京都教育委員会は、昭和五六年三月一六日付けで、原告には、心身の故障のため、長期の休養を要する事由があるとして、原告を休職処分(以下、「本件休職処分」という。)に付した。
(二) しかしながら、原告は心身とも健康であって、右のような事由は存しない。
3(一) 被告東京都教育委員会は、昭和五九年三月一五日付けで、原告の辞職を承認する旨の処分(以下、「本件辞職承認処分」という。)をなした。
(二) しかしながら、本件辞職承認処分は、原告が脅迫されて行った退職の意思表示に基づいてなされたものである。
4 右3(二)の瑕疵は重大かつ明白なものである。
よって、原告は、いずれも東京都教育委員会が原告に対してなした本件休職処分及び本件辞職承認処分(以下、両処分を併せて「本件各処分」という。)の各取消しを求めるとともに、原告が、被告東京都文京区との間で、汐見小教諭たる地位にあることの確認を求める。
二 被告東京都教育委員会の本案前の主張
原告は、本件各処分につき、地方公務員法四九条の三に定める不服申立期間を徒過して、昭和六二年三月一六日東京都人事委員会に不服申立をなしたが、同委員会は、同年四月一日、不服申立期間の徒過を理由に右申立を却下している。そうすると、右各処分の取消しの訴えの出訴期間については、行政事件訴訟法一四条四項の適用はなく、同条一項または三項が適用されることとなるところ、本件休職処分は昭和五六年三月一六日に、本件辞職承認処分は昭和五九年三月一五日に各なされたものであり、本訴の提起は昭和六二年一月二八日であるから、本訴は行政事件訴訟法一四条三項の規定に反して、右各処分の日から一年間の出訴期間を徒過して提起された不適法なものであり、更には、本件休職処分は原告が提出した昭和五九年二月二一日付け退職願に基づいてなされたものであるから、原告は同処分のあったことを同処分当時当然に知っていたものというべきであり、本件休職処分についてもまた、原告が同処分のあったことを同処分当時知っていたことは明らかであり、本訴は、行政事件訴訟法一四条一項の規定に反し、本件各処分のあったことを知った日から三箇月以内の出訴期間を徒過してなされた不適法なものともいえる。
以上いずれの点からいっても、本件各処分の取消しの訴えは却下を免れない。
三 請求原因に対する認否
(被告東京都教育委員会)
1 請求原因1は認める。
2 同2(一)は認める。
3 同2(二)は否認する。
4 同3(一)は認める。
5 同3(二)は否認する。
(被告東京都文京区)
1 請求原因1は認める。
2 同3(一)は認める。
3 同3(二)は否認する。
4 同4は争う。
第三証拠(略)
理由
一 本件各処分の取消しの訴えについて
1 請求原因1、同2(一)及び同3(一)の各事実は、いずれも原告と被告東京都教育委員会との間に争いがない。
2 (証拠略)を総合すれば、原告は、本件各処分のなされた後、これについての審査請求をしないまま、昭和六二年一月二八日本訴を提起し(この点は当裁判所に明らかである。)、同年三月一六日に至り、初めて、本件各処分及び本件休職処分後なされた八回の休職期間更新を不服として東京都人事委員会に審査請求をしたが、同年四月一日、同委員会は、右審査請求は右各処分の日の翌日から起算して一年を経過した後になされたものであり、地方公務員法四九条の三に定める不服申立期間を徒過した不適法なものであるとして、これを却下したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
本件各処分の取消しの訴えは、地方公務員法五一条の二に定める取消しの訴えに該当するものと解されるところ、右認定事実によれば、原告は、本件各処分についての審査請求に対する裁決を経ずに、本訴を提起しているのであるから、本件各処分の取り消しの訴えは、右規定に定める要件を欠いた瑕疵のある訴えということになる。
ただ、このような、いわゆる裁決前置の要件を欠くことによる処分取消しの訴えの瑕疵は、訴え提起後、これが却下される前に裁決を経ることによって治癒されるものと解される場合があるが、もとより裁決前置において要求される裁決は、適法な審査請求に対する裁決であるというべきであるから、右訴えの瑕疵を治癒する裁決も、適法な審査請求に対するものであることを要し、審査請求が不適法である場合には、これに対する裁決を経ても、右訴えの瑕疵が治癒される余地はないものというべきところ、原告は、前記認定のとおり、本訴提起後、本件各処分について審査請求をなし、これに対する裁決を経ているものの、右審査請求は本件各処分の日の翌日から起算して一年を経過した後になされたものであって、地方公務員法四九条の三に定める不服申立期間を徒過してなされた不適法なものであるから、これを却下した前記裁決によって本件各処分の取消しの訴えの瑕疵が治癒される余地はないものといわなければならない。
したがって、原告の被告東京都教育委員会に対する本件各処分の取消しの訴えは、いずれも不適法というべきである。
二 原告の汐見小教諭たる地位の確認請求について
1 請求原因1及び同3(一)の各事実は原告と被告東京都文京区との間に争いがない。
2 原告は、本件辞職承認処分は原告が脅迫されて行った退職の意思表示に基づいてなされたものであり、右事実は本件辞職承認処分の重大かつ明白な瑕疵であるから、本件辞職承認処分は無効であると主張するので、この点について判断する。
退職の意思表示が脅迫によるものであっても、その意思表示が取り消されない限り、辞職承認処分の効力には影響がないものといえるが、ここでは、一応本件訴状の被告東京都教育委員会に対する送達をもって右取消しの意思表示と解することとし、また、このように解した場合にも、辞職承認処分後の退職の意思表示の取消しを認めて、これを辞職承認処分の瑕疵とすることができるか、更には、このような瑕疵が辞職承認処分の無効原因となり得るものか等の問題があるが、これらの問題も一応措くこととしても、次に述べるとおり、もともと原告の退職の意思表示が脅迫によってなされたものということはできないから、原告の本件辞職承認処分が無効であるとの主張を認める余地はないものといわなければならない。
即ち、(証拠略)によれば、原告は、昭和五五年一一月一二日から休暇ないし欠勤を続け、同月一八日医療法人社団翠会成増厚生病院で精神分裂病の疑いにより六箇月間の休養加療を要するとの診断を受けていたが、昭和五六年三月四日にも同病院で神経衰弱状態により三箇月間の休養加療を要するとの診断を受けたため、同月一六日付けで休職期間を同年六月一五日までとする本件休職処分に付され、以後も病状が改善しないため、引き続き八回にわたり休職期間が更新されてきたところ、その期間が通算三年(東京都人事委員会規則一一号により、休職期間の更新ができるのは、休職処分の日から引き続き三年を超えない範囲内とされている。)となるに臨み、東京都教育委員会が昭和五九年一月三〇日開催の東京都公立学校教職員健康審査会に諮問して、原告は精神分裂病により、勤務を休み、医師による医療行為を受ける必要のある状態にあるとの答申を得たため、汐見小校長赤岩一から原告に退職の説得がなされていたが、昭和五九年二月二一日、同校校長室において、右赤岩一が「休職も三年経過することになる。東京都公立学校教職員健康審査会の審査結果でも病気は未だ治癒していないということなので、復職は無理だろう。退職しなければ、分限処分になるだろう。」との旨を述べて退職を説得したのに対し、原告は、当初は退職を渋り、復職の希望を述べていたものの、分限処分に付されると履歴に傷がついて将来不利益が生じ、また、強制的に入院させられることにもなるかもしれないと考えて、結局、同所に備付けの退職願の用紙に自ら退職理由、退職の日付等の必要な事項を記入したうえで署名押印して同校長に提出したこと、なお、右原告と赤岩一との話合いは約四〇分程で、双方とも声を荒げるようなこともなく、終始穏やかに行われたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右認定事実によれば、原告は前記昭和五九年二月二一日の汐見小校長室における赤岩一の説得によって退職を決意したものということができるが、右原告に対する赤岩一の説得は、いかなる点から見ても脅迫にあたるものとはいい難いから、原告の退職の意思表示が脅迫によるものとすることはできない。
したがって、原告の被告東京都文京区に対する汐見小教諭たる地位の確認請求は理由がないものといわなければならない。
三 結論
以上のとおりであるから、原告の被告東京都教育委員会に対する訴えをいずれも却下し、被告東京都文京区に対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利賢)